🗓 2024年07月27日

同志社女子大学特任教授
吉海 直人

幼い頃、「だるまさんが転んだ」という遊び(鬼ごっこの一種?)をしたことありますよね。日本語の特徴である一字一音を利用して十字の短文を作り、それを一から十まで数えたことにしています。試みにこれを「いちにさんし…」といったら、面倒で早く数えられません。しかもそれなりに意味のある文章になっているので、十まで数えたとして許容されるわけです。そのためでしょうか、この遊びには「はじめの一歩」という別称も付けられています。
 この数え方、「だるまさん…」は全国区(標準語)ですが、子供の遊びだけにいろんなバリエーションがあります。伝承されたものもあるし、新たに生み出されたものも少なくありません。みなさんは「だるまさん…」以外にどんなバリエーションで遊んでいましたか。私は長崎県生まれですが、記憶しているのは「インド人の黒んぼ」と「あちゃさんの金玉」でした。誰に教わったのかは覚えていません。
 「あちゃさん」は「あちらさん」のことで、唐人(中国人)の意味します。今では差別語になるかもしれませんが、幼い頃は普通に口にしていました。「インド人」が「インデアン」となったバージョンもありましす。これは「インデアンのふんどし」と交流しているのかもしれません。
 そこが出発点で、日本各地に独特の言い回しがあるのではと思い、ちょっと調べてみたら、そんなには広がっていないことがわかりました。大学時代、横浜の友人は「乃木さんは偉い人」だったと教えてくれました。これは最初の人名を変えれば、いくつものバージョンができます。「エジソンは偉い人」もあります。これなどアニメ「ちびまる子ちゃん」で歌われた「おどるポンポコリン」にも使われていますよね。
 こんな面白いテーマですから、「チコちゃんに𠮟られる」がほっておくはずはありません。既に2022年11月4日に放送されています。その際、だるまさんは転んでいないのに何故転んだというのかという問いかけもありました。それに対して関西出身の岡村さんは、自分は「坊さんが屁をこいた」だったからわからないと答えています。
 この「たるま」については、達磨の置物に「七転び八起き」という願いが込められているのでしょう。七回転んだら七回起き上がるはずなのに、一回多いのも、そういった矛盾するような表現が喜ばれたのでしょう。そのため「だるまさんが躍った」とか「お豆さんが転んだ」「だるまさんが怒った」などというバリエーションも作られています。
 テレビで紹介されたのは、和歌山の「兵隊さんが通る」と仙台の「車のとんてんかん」などでした。それ以外に和歌山には「なないろこんぺいとう」もあるし、愛知の「寿がきやの焼きうどん」があげられていました。これは店屋の宣伝ですね。実はNHKの「みんなの歌」で、「だるまさんがころんだ」という歌が放送されていました。そこではなんとか早く百まで数えてお風呂から出るために、「だるまさんがころんだ」から始まって、「さんしろうがわらった・げんごろうがもぐった」などというバリエーションが十個並べられていますが、これにしても遊びに利用された形跡はほとんど認められません。
 こういったバリエーションの中で、岡本さんがいった「坊さんが屁をこいた」は特徴があります。というのも、これには続きがあるからです。それは「においだら臭かった」です。何が面白いかというと、「においだら」というのは非常に珍しい言葉だということです。というより、そんな言葉は辞書を引いても出てきません。
 おそらく「匂いを嗅ぐ」が縮まって、「におぐ」という動詞が作られたのでしょう。ただしこれ以外の使用例は見当たりません。京都にはお寺がたくさんあって、坊さんの数も多いのですが、必ずしも尊敬されているわけではなさそうですね。むしろ面と向かって悪口を言えない分、遠回しに揶揄しているというか、貶めているというか、下品な言い回しになっています。これが子供にとっては面白いのでしょう。
 この「だるまさんがころんだ」という遊びは、どうやら江戸時代以前にはなかったようなのです。明治時代に遊ばれたという話も聞きません。そうなると大将時代以降に外国から入ってきたことになります。調べてみると、これに近い遊びが西欧にありました。イギリスの銅像ゲーム(レッドライト・グリーンライト)がその一つです。ただそれは「1、2、3、〇〇」という形式になっています。日本語の特性がそれを十音に変えて広まったのでしょう。