🗓 2024年12月14日

吉海 直人

以前「中元」についてのコラムを書きました。その際、「お中元」と対になっている「お歳暮」にも多少言及しています。ただし「お中元」が中国の道教の行事であるのに対して、「お歳暮」は道教とは無縁なので、もともとセットだったわけではありません。むしろ「お歳暮」は日本古来の「御霊祭」から発展したものと考えられます。そこで今回あらためて「お歳暮」について考えてみることにしました。
 「中元」というのはわかりにくい言葉ですが、一年の内の「上元・中元・下元」という三つの時期の一つです。一方の「お歳暮」はそのまま歳(年)の暮れのことです。類義語として「歳末」・「歳晩」もあります。一年の終わりのことですから、具体的には十二月を意味します。これも前に「正月」のコラムの中で触れましたが、新年の「歳神様」を迎えるための準備をする時期でもあります。
 時期的にいえば、「お中元」はお盆の前ということで、相手に感謝と夏の健康を願う気持ちを相手に伝えます。「お歳暮」にしても、一年の締めくくりとして、お世話になった人に感謝の気持ちを伝える点で共通しています。かつては歳暮周りと称していました。というより、本来は直接持参するものでした。それが現在は配達するのが普通になっているので、その点送り状を付けるなどの配慮も必要です。
 では日本で、「お歳暮」の習慣が始まったのはいつごろでしょうか。これははっきりした資料がありません。ただ年末に先祖の「御霊」に供える酒や魚・餅などを贈る習慣は、古くからありました。「歳神様」というのは、毎日の生活を守護してくれる家の神様(祖霊神)です。大晦日の晩に訪れて、その後一年間家にとどまると考えられています。
 昔話の笠地蔵が大晦日の夜にやってくるのは、歳神の一種だからなのでしょう。秋田のなまはげにしても、「歳神様」が変化したものとされています。お正月にやってきて、厄災を祓うのが本来の形でした。その際、他家に嫁いだ娘や分家した親族などが、親や本家に「歳神様」への御供え物を贈ったのが「お歳暮」の始まりだとも考えられています。おそらく室町時代ごろにはその習慣が確立していたようです。それが江戸時代になると、武士や商人たちの習慣として全国に広まっていきました。年末に武士が上司に手土産を持って挨拶に行ったり、上人が得意先などへ歳暮回りをしていたのが、現在のお歳暮として定着していったわけです。
 その際何を贈るかについて、特に決まりはありませんが、「お中元」は夏においしく味わえるものがよく、「お歳暮」は年末年始に家族で楽しめるものがベストだそうです。「お歳暮」を贈る原点は、お世話になった人への感謝の気持ちです。受け取る側にしても中身に文句をいわず、贈ってくれた人の気持ちをありがたくいただきましょう。
 ただ現代のような「お歳暮」の文化は、百貨店が登場した明治以降とも、戦後サラリーマンの比重が急増した昭和三十年代以降のこととも考えられています。いずれにしても全国のデパートで、ボーナスを当て込んだ「お中元」や「お歳暮」のギフトセールが大々的に行われたことによります。ある意味ブームに載せられて広まった文化ともいえます。
 最近は不景気になったこと、世の中がせちがらくなったことが相まって、虚礼廃止が叫ばれていますね。これは形だけの「お歳暮」に嫌気がさしたからなのでしょう。年賀状にしても、出す側がそれを虚礼と思うのだったら、廃止してもかまいません。ただ虚礼か感謝かの線引きは一律には決められません。ですから感謝の気持ちとして贈るのだったら、デパートの宣伝や相場はいくらなどといったことに惑わされず、できる範囲で贈ればいいのです。
 逆に極端な賄賂もどきの「お歳暮」もまかり通っています。その場合、社会儀礼としての贈り物と、職務に関係する贈与との見極めがやっかいです。これから取引でお世話になりたいとか、仕事上の優遇(見返り)を期待しての高価な「お歳暮」は、贈賄罪に引っかからないとも限りません。そういった場合はうかうかと受け取らない方が身のためです。
 会社(職場)と学校を同じように考えて、学校にまで付け届けをする親も少なくないようです。長く大学に勤めていると、学生や父母から「単位下さい」とか「卒業させてください」といった不純な動機の贈り物も経験しました。そういった時は極力送り返すようにしています。中には賞味期限が短くて、送り返せない生ものもありました。そんな時はやむをえず受け取って、贈られたものの値段を調べ、それと同額のものを送り返すようにしています。面倒ですがやむをえません。もし純粋に感謝の気持ちを贈りたいのなら、卒業してから、あるいは就職して給料をもらってからにしてください。それだったら喜んで受け取ります。