🗓 2024年12月21日

吉海 直人

「そば」と「うどん」の違いは、てっきり原材料の違いだと思っていました(ビーフンは「米粉」です。)。それで間違っていないようにも思えたのですが、もう一つの要素を失念していました。それは「ラーメン」の存在です。この「ラーメン」の使用は意外に新しく、昭和33年発売の「チキンラーメン」から一般化されたともいわれています。
 それに対して函館の「養和軒」で「南京そば」というメニューがあったことが、明治17年4月28日の函館新聞広告によってわかります。これは日本の「そば」とは違うということで、「南京そば」と命名されたのでしょう。一方「志那そば」は、遅れて明治39年の東京朝日新聞に出ています。その「志那」が「中華」に変えられて、「中華そば」といわれるようになったわけです。もっともすでに明治時代に、東京の浅草で開業した来々軒がラーメンを提供しています。ただしメニューには中国語で「柳麺」とあって、それに「らうめん」とルビが振ってありました。これは日本人用ではなく中国人用に提供されていたものだったようです。
 それがそのまま今の「ラーメン」として定着したのではなさそうです。むしろ東京では安い中国の料理として「志那そば」という名前が広まっていました。それが中華人民共和国誕生に伴って「中華そば」となりました。この「中華そば」で使われているのは小麦粉を原料とする中華麺です。かんすいの有無を除けば中華麺は「うどん」に近いのですが、「中華うどん」とは称されませんでした。もともと「蕎麦」は寒冷地対策として植えられたものですから、どうしても東日本が蕎麦文化圏で、それに対して西日本はうどん文化圏と二分できます。関東の蕎麦好きが、「志那そば」の土壌となっていたのです。
 というのも長崎には特有の「ちゃんぽん」「皿うどん」がありますが、「ちゃんぽん」のことを「志那うどん」と称したこともあったそうです。仮に関西で「らーめん」が流行していたら、あるいは「志那うどん」「中華うどん」と呼ばれていたかもしれませんね。
 それはさておき、もう一つ「そば」と称しているものがありますね。そう「焼きそば」です。これは中華麺を使用していることから、「中華そば」の延長として「そば」が用いられたようです。要するに「焼きそば」を含むラーメン系は、「そば粉」を使っていないにも関わらず、「そば」と称していることになります。もともと漢字の「蕎麦」には麦が使われていますよね。中国では「蕎麦」は「麦」の仲間だとされていたからでした。
 ということで、これを説明するためには原材料ではなく、「そば」が安易に麺類の総称として使われたということに落ち着きそうです。これで問題は解消されたように思えますが、最後に「沖縄そば」(ソーキソバ)が残っていました。
 この「沖縄そば」も中華麺をルーツにしているものなので、当然「そば粉」は使っていません。ただ沖縄は米軍に占領されていたことで、扱いが異なっていたのです。具体的には沖縄返還の後、昭和51年に事件が起こりました。公正取引委員会が「生めん類の表示に関する公正競争規約」に抵触するということで、「沖縄そば」という表示には問題があると指摘したのです。
 規約を見ると、「「そば」とは、そば粉30%以上、小麦粉70%以下の割合で混合したものを主たる原料とする」と定義されています。「ラーメン」と同じ問題が生じたわけです。それに対して沖縄生麺協同組合は、「沖縄そば」という名称を長く使ってきたのだから、それを「沖縄ラーメン」などに変更することは困難だと主張しました。そしてついに昭和53年10月17日に、「本場沖縄そば」の商標登録が正式に承認されたのです。これを記念して沖縄生麺協同組合は、10月17日を「沖縄そばの日」に制定しました。
 ただし食品衛生法では、そば粉を使用していない食品では「蕎麦」という漢字を使用してはいけないとされており、そのためひらがなで「そば」と表記しているとのことです。立ち食いそば屋さんで、そば粉二割未満の麺(実質はうどん)を「そば」として提供しているのは、「そば」表記だから許されるのでしょう。
 ところで最近、蕎麦アレルギーの人のためにという売り込みで、小麦粉で作った「ゼロ割り蕎麦」が登場して話題になっています。さて公正取引委員会は、これにどう対処するのでしょうか。「蕎麦」も新しい時代を迎えたようです。