🗓 2025年06月28日
吉海 直人
みなさんは茶碗にご飯をどうするといいますか。これに使われる動詞には地域差があります。狭い日本ですが、昔は人の動きが緩やかだったこともあって、場所によって言い方がかなり異なっていたようです。その典型的な例の一つがこれなのです。
これまでに全国的なアンケート調査が行われた結果、第一位は「よそう」で、全体の半数以上を占めていました。第二位が「つぐ」で全体の十五%です、そして第三位が「盛る」です。もう一つ、番外ですがごくわずかに「つける」と「入れる」も報告されています。
日本全国(特に関西)でもっとも普通にいわれているのが「よそう」でした。「ご飯をよそって」などともいっています。次に九州全域及び中国と四国の一部に広まっているのが「つぐ」です。長崎生まれの私も「ご飯をついで」といっていました。むしろ「よそう」は上品な言い方だと勝手に思っていました。反対に東北・北海道では「盛る」が主流になっています。ここから「山盛り」とか「てんこ盛り」も派生しているのでしょう。要するに「盛る」は「山のような形にする」ことです。その形状では茶碗からはみ出してしまいます。ですから「盛る」はご飯などの固体には使いますが、液体には使わない(こぼれてしまう)という声もあります。
「よそう」から派生したのが「よそる」でしょうか。これは「よそう」と「盛る」が合体して「よそい盛る」が「よそる」に短縮されたと説いている人もいます。群馬や栃木あたりで使用されているそうです(方言かもしれません)。「つける」は静岡・愛知・岐阜の一部で使われているそうですが、実態はよくわかっていません。普段使っていない人にいきなり「ご飯つけて」といわれた場合、「どこに付ければいいのですか」と逆に質問されそうですね。最後の「入れる」は沖縄の例が報告されています。もちろんご飯に限らず、お茶やコーヒーも「入れ(淹れ)」ますよね。もっともお茶の場合は「そそぐ」だといいかえされそうです。ではみそ汁は何といえばいいのでしょうか。
これで現在の勢力範囲はだいたいわかりましたね。ではこの中で一番古いいい方はおれでしょうか。すぐに思い浮かぶのは有馬皇子の詠んだ、
ですね。「盛る」は上代から用いられたものだったのです。
それに対して「よそう」は、
おとど達興じ給て、『まづ此の粥すすりてん』とて、そへたる坏どもによそひて、皆参る。
(『うつほ物語』蔵開上巻)
とあります。『うつほ物語』ですから、平安中期以前まで遡れます。また『平家物語』猫間に、「飯うづだかくよそひ」ともあります。
「つぐ」はというと、それからやや下った『太平記』巻十二「神泉苑事」に、「内侍の典主なりける者、態熱く沸返たる湯をついで参たり」とあって、この場合はご飯ではなくお湯をついでいます。前述の「盛る」は主に固体に用いられ、「つぐ」が液体に用いられていれば使い分けされていたことになりますが、どうもそう上手くは説明できないようです。
「よそう」から派生した「よそる」は、さすがに江戸時代に遡る例は発見できませんでした。ただし一八八六年に出版されたヘボン編纂の『改訂増補 和英・英和語林集成』には「Yosoru ヨソル」と出ているので、明治前期には使われていたことが察せられます。この「よそる」は文学作品などでもそこそこ見かけますが、国語辞典の扱いは軽いようです。というのも『日本国語大辞典』や『大辞泉』『広辞苑』『大辞林』など大きな辞書には見出しに出ていますが、小型の国語辞典になると「よそる」を見出し語に立ててはいないものも少なくないからです。
以上、「ご飯」に用いる基本動詞として、東北・北海道で方は「盛る」、関東や関西は「よそう、よそる」、九州・中国・四国では「つぐ」、東海の一部では「つける」、沖縄では「入れる」といったように、明らかな地域差が認められました。みなさんはなんといっていますか。