🗓 2025年05月10日
吉海 直人
こどもの日には粽や柏餅を食べる風習がありますが、ではいつ頃から食べられていたのでしょうか。調べてみると、粽に較べて柏餅は歴史が浅いことがわかりました。その初出は1660年以降とされており、江戸時代になって登場した新しい食べ物のようです。
江戸後期の随筆家である山崎美成の『世事百談』(天保14年刊)には、
云々と記されています。美成の調べによると、斎藤徳元の『俳諧初学抄』(1641年)に柏餅が出ておらず、『酒餅論』(1661年以降)からようやく出ているので、文献的にはその頃に江戸で食べられるようになったと考えられます。
餅自体は上新粉で作ったものです。その中に餡を入れて二つ折りにし、それを柏の葉で包んだらできあがり。ですから、葉っぱがなければただの「しんこ餅」です。要するに餅が重要なのではなく、包んでいる葉っぱの方に意味があるのです。ではどうして柏餅が作られるようになったのでしょうか。それは柏という植物の特性が絡んでいます。柏はブナ科の落葉樹ですが、秋に枯れた葉は木についたままで冬を越し、春に新芽が出ると落葉します。その特徴から武士階級では、家系が途切れず子孫が繁栄する縁起物とされていたのです。江戸の武士の間で始まったものが、参勤交代によって徐々に全国に広まっていきました。
この柏という漢字、中国ではヒノキの仲間であるコノテガシワのことを意味しています。同じ漢字でも、日本と中国では指している植物が違っていたのです。それだけではありません。柏があまり自生しない関西では、サイズの小さいサルトリイバラの葉で代用されていました。そのため大きい柏の葉では餅を「くるむ」といい、小さいサルトリイバラの葉では餅を「はさむ」といって使い分けられていたそうです。さてみなさんの食べている柏餅の葉っぱはどっちでしたか。現在は韓国や中国から柏の葉を大量に輸入しているので、全国的に統一されているとのことです。
ところでみなさんは、柏餅を葉っぱごと食べますか。桜餅の葉だったら食べるけれど、柏餅の葉は食べないという意見がほとんどかと思います。もちろん食べても毒ではありませんが、おいしくないですよね。この葉っぱを食べてしまった有名な人がいます。それは昭和天皇でした。長らく昭和天皇の料理番をしていた渡辺誠さんの『昭和天皇日々の食』によると、ある日、昭和天皇のおやつに柏餅をお出ししたところ、衝立の向こうで昭和天皇が「美味しくない」とおっしゃったそうです。それを耳にして体が凍りつきました。しばらくして恐る恐る皿を片付けに行ったところ、皿の上に柏の葉の葉脈だけが残っていたそうです。
実は皇室には、皿に盛り付けてあるものはすべて食べる(食べなければならない)という約束事がありました。骨付きの肉を出そうものなら、骨までガリガリ食べなければならないので、必ず骨を取って出さなければなりません。そのことをうっかり忘れて葉っぱごとお出ししたため、昭和天皇は葉っぱまで召し上がってしまったのでした。「美味しくない」とおっしゃるのも当然ですよね。せめて包んであった葉っぱを開いておけば、餅だけ召し上がったでしょうに。
その後、渡辺さんが上司からこっぴどく叱られたのは言うまでもありません。